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目から鱗の・・・・・日本史の謎は「地形」で解ける

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土木工学の専門家が書いたこの 「日本史の謎は「地形」で解ける」 は、目から鱗が落ちるほど著者の理性的 (アンチ文科系的) 考え方や洞察力で満たされていて、たいへん面白く拝読いたしました。

その中の 「稲作共同体の侵略」 では、農耕する人々は更なる耕作地の拡大を目指して、狩猟する人々の土地へ進出し彼らを排除して、自分たちの人口を増やし、その土地を耕す。それは限度を知らない膨張であり侵略であった、としていますが、僕の浅はかな知識では、縄文後期の稲作が始まったころ、縄文人は飢饉に備え米を保管することを覚え、万一狩猟民族に襲われそうになったら、保管していた米を戦争回避の提供物としていたのではないかと思っていました。
しかしよくよく考えてみると、そこに既に農地があったわけは無く、著者の言うとおり、稲作民族は狩猟民族の土地を奪い、拡大していったようにも思えます。

さらに、農耕する日本人は外国人を狩猟する民として対峙することによって結束を強めたとし、稲作民族の集団至上主義で日本は難局を次々とくぐりぬけ、日本人を国家主義へ導き、世界を相手に戦い大敗北を喫した、としています。
気持ちがいいほどスパッと言い切っているところが、この本の醍醐味です。

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